1260年前の輝き

2019.12.01. UPDATE

 先月、奈良国立博物館で行われた「御即位記念第71回正倉院展」を鑑賞して来ました。当時の美女はこんな顔?中国唐時代の女性を描いた「鳥毛立女屛風」 (とりげりつじょのびょうぶ)、最近絵付けたように色鮮やかな供え物を置くための台「粉地彩絵八角几」(ふんじさいえのはっかくき )、ラピスラズリで飾られ今でも使えそうな革ベルト「紺玉帯残欠」(こんぎょくのおびざんけつ)など数々の宝物。約1260年前のものとは思えない保存状態の品々が展示されていました。

 正倉院は聖武天皇・光明皇后ゆかりの宝物を納めるために8世紀中ごろに建造された巨大な高床式倉庫です。日本史で学びましたね。そこにはほぼ9000点もの宝物が納められていますが、1260年もの間、現代のようなテクノロジーのない時代に、しかも高温多湿の日本で今も鮮やかな姿で残っていることに感動させられます。

 正倉院の宝物は伝世品という人から人へ、各世代から次の世代へ受け継がれたものです。1000年以上美しく守られてきたのは世界的にほとんど例がないようです。数千年も前の宝物は世界中たくさんありますが、そのほとんどが滅びた文明や当時の人々に捨てられ忘れられた品々を、後世の人々が発掘して見つけた出土品だそうです。加えて、中国、東南アジアや中央アジアからもたらされ、正倉院にあってその宝物の故郷には残存しないものも多くあり、日本だけでなく人類の宝といえるでしょう。
 また、宝物の9割以上が国産であったということが最近の調査で分かったとのこと。聖武天皇の命により、当時最先端だった異国の宝物を手本にして日本の職人たちが作ったと聞くと日本のものづくりの原点を感じます。

 異国の優れた文物をみて作ることができる技術、そしてこんなにも長い間、保存できたこと。明治時代、正倉院の中を掃除した際にでた塵芥(じんかい・ホコリやゴミ)まで大切に保管、大正時代から現代でもなお整理しているそうです。このように研究や技術力だけではなく、地道にこつこつと陰で支える人たち、日本人特有の使命感が活きたのではと思います。昨年に続いて吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞されましたが、現代の最先端の研究をする人々が取り組む姿勢と根本的には同じなのではないかと感じています。吉野さんは新聞の取材で「ノーベル賞受賞者は先着3位までですが、100位や1000位に入る大きな山麓があるから高いピークができるのです。科学史の中に様々な人の尽力や貢献が必ずあり、縁の下の力持ちや並走した人たちがいることを忘れないでほしいと思います」と語っていました。

 我々の祖先のたゆまぬ努力が脈々と続いて今日があり、私たちを経由してさらに1000年先までつながっていく。100年、200年、1000年先の人々がこれらの宝物を見て感動することができる日本であってほしいものです。

2019年12月
学校法人履正社 理事長